鋭い痛みと共に、ぱっと赤い飛沫が散った。思わず顔をしかめたけれど、肉を斬らせて
作った隙を逃すわけにはいかない。
腕に出来た傷は意識から外し、ロックはそのまま果敢に攻め込んで――
攻撃直後で体制の崩れた魔物を、一刀のもとに斬り伏せた。
HEALING
HAND
「ケアル」
柔らかな囁きと共に、左腕の傷にあたたかな輝きが舞い落ちる。その光に包まれた傷も
痛みも瞬く間に消え、何事もなかったかのように元通りになった。
完治した腕を軽く振り、ロックは笑った。
「おー! サンキュ、ティナ!
やっぱティナのケアルが一番効くな」
「そう?」
ロックの腕にかざしていた手を引き戻し、ティナはふんわりと笑う。
「ああ、俺のよりエドガーのより、セリスのより。
ティナのが効くな。
コツとかあったら、教えてくれよ」
「コツ、っていうか……
私、幻獣だから……」
ティナの微笑みがわずかに翳る。記憶を取り戻した彼女は、力の制御と両親からの愛を知ると
共に、自身が異端であることを知った。
幻獣と、人間のハーフ。
愛されて生まれた存在だとしても、
――世界に、たった、ひとりで。
「でも、だめだよロック。
なんだかだんだん、攻撃が荒くなってる」
「あー。そうかもな」
ある意味では戦闘のプロであるティナに心配そうに諫められ、ロックはばつが悪そうに鼻の
頭を掻いた。片手に魔力を集中し、
「――魔法が、使えるようになったからな。
『あるもんは使う』のが信条だからさ、実際使わしてもらってるけど――
やっぱなあ。便利だから、油断しちまうのかもな」
それに、怪我をしてもティナが治してくれるし。
そう言うと、ティナは困ったように微笑んだ。
「うん、治すけど、でも……
怪我しないでくれたほうが、嬉しいな」
そりゃそうだ、と返してロックは笑った。けれどティナは真剣な表情で、
「……じゃあ、治さない方がいいのかな」
「へ?」
何を言われたかとっさに理解できず、ロックは目を丸くしてティナを見た。ティナはごくごく
真摯な眼差しで首を傾げ、
「えっと、だから。
前みたく回復魔法がない状態になれば、頼らなくてすむかなって」
「あ、いや……その、ティナ」
他の誰かに言われれば皮肉か脅しかとも思うだろうが、ティナに限ってはそんな可能性は
皆無である。優しくまた純粋な少女は他意も全くなく、ただひたすらにこちらのことを
心配してくれているのだろう。
だが――しかし。
「そ、そりゃそうかもしんないけど……
ほら一応、俺もケアル覚えたし」
――そう、言って。
ふと、気付いた。
幻獣達から魔石を託されたロック達もまた、ティナ同様に魔法の行使が可能になっていた。
しかしやはりティナに比べれば精度も威力も低く、また所持した魔石――の、もとの幻獣――
によっても修得できる魔法は違っている。
長年旅をしてきて、動けなくなることの危険を熟知しているロックは、ラムウより魔石を
授かったとき、何よりも先にケアルを覚えた。
怪我をすること。
動けなくなること。
その――危険。
自分はそれを忘れていたのだろうかと、呆然とする。魔法にも慣れてきて、小さな傷なら
自分でも治せるようになったし、何よりも優れた癒し手であるティナがいた。動けなくなる
こと、怪我をすること――その、危険。
「……そうだよな」
呟くと、ティナが怪訝そうにこちらを見ていた。先ほど途中で切られた言葉と今の呟きが、
どう繋がるのかわからなかったようだった。
「ろっく?」
「ああ……ごめん。ティナの言うとおりだよな」
少々情けない気持ちで謝って、そっとティナの頬に触れた。ティナはその手に自分の手を
重ね――ロックの瞳に何を見たのか、ともかく気持ちは通じたようで――ふんわりと
笑って、頷いてくれた。
それを確かめ、気持ちを切り替えるようにロックは明るく笑う。
「……っだよなー!
魔法に頼りすぎるのも確かに、何だよな。
あ、いや、使うのが悪いって言うわけじゃなくてな。
そーじゃなくて、ティナ見たくちゃんとバランス取れればいいんだけど、俺みたくチョーシ
乗って攻撃ザツになるくらいだったらさ」
「……慣れてないからだよ」
「そっかぁ?」
「うん。
私には、生まれたときからあったから……
……コツ、とかってね、セリスに聞いた方がいいよ、たぶん」
当たり前に魔力を持っていたティナと、後天的に魔力を得たセリス。もともとなかった
見えざるチカラを認知し、行使する感覚ならば、自分よりもセリスの方が長けていると思う。
そう思っていったのだけれど、ロックは軽く首を傾げた。ティナの手をきゅっと掴んで、
「でもさ、実際ティナの方が制御も威力も上だろ?」
「それは私が幻獣だから、魔力の絶対量が――
――あ」
言い差して、ティナは口元に手を当てて声を上げた。怪訝そうなロックの目を見て、
問いかける。
「ねえ、ロック。
――魔法使うとき、どんなこと考えてる?」
「へ?」
突然の問いに、ロックは目を瞬かせる。それから魔法を使うときのことを思い返して――
意識を集中する。呪文を詠唱しながらイメージを膨らませ、対象をしっかりと意識する。
威力を高めたいときにはより強く集中し、体内を流れる魔力の波動を感じることが大切で――
云々。
魔石を与えられたとき、それこそセリスに魔法の基礎を習った。それをそのまま伝えたの
だが、ティナは不思議そうに頷いた。
「……むずかしいことかんがえてるのね」
「難しいって……
ティナは違うのか?」
魔法の大家とも言える少女の言葉に面食らい、ロックはきょとんと問い返す。確かに習った
手順等を逐一意識している訳ではなかったが、基本は基本としてロックの中に根付いている。
ティナは微笑み、わずかに首を傾げた。
「違うわけじゃないのよ。それは確かに大事なことなんだけど、……
うんとね、魔法は、こころで使うものだとおもうの」
「こころ?」
繰り返すと、ティナはこくりと頷いた。
「たとえば、火を生み出したいと思う。火が欲しい。欲しいと思うから、頭の中にイメージが
浮かぶよね? 呪文はその手助けで、言葉に出してイメージを確かなものにしてるの。たとえば
……歌を、うたうよね? 炎の歌を歌えば、炎が頭に浮かぶ。歌詞は呪文。焚き火に使う火が
欲しい。真っ赤な炎、薪の上でちらちら踊る。
ほら、頭で思うよりも、口に出した方がイメージ、浮かびやすいでしょ?」
「なるほど……」
言われてみればその通りで、ロックは大きく頷いた。ティナはそれを見届けて、
「そして、イメージだけじゃなくて、実行するのが魔法よね。
対象を意識するっていうのは、……薪に火をつけたかったら嫌でも薪見るよね」
「そりゃそーだ」
くすくすと笑うと、ティナも笑った。そしてやんわりとロックの手を外し、自身の胸に
そっと手を当て、目を伏せる。
「……威力を、高めるってね。集中とか、……難しいこと考えなくてもいいの。
強くなれと思えば強くなるのよ」
あまりにも簡単なティナの言葉に、ロックはあっけにとられた。なぜならロックにとっては、
ある程度以上の威力を出すことはとても困難だったからだ。
それで思わずティナを見つめたのだけれど、ティナは気負わずに微笑んで、
「だってロック、軽い物持ち上げるときと重い物持ち上げるときで意識、変わる?」
「あ」
「軽いモノはそれこそ、なにも考えずにひょいって持てるよね。
でも重いモノの時は、重いぞって、少し力がいるなって思って力を入れる。
それと同じ。別にとくべつなこと考えなくても、
大きな炎が欲しければ、欲しいだけの炎のことを考えて、そうなれって強く、願うだけ」
「へー……」
こうやって説明されてみると、ずいぶんと簡単なものに思えてくる。実際はそうそう
簡単なことではないだろうし、本人の魔法の素養にも関係があるのだろうが――
それでも心から感心して相槌を打つロックの手を、ティナはもう一度そっと包んだ。
さっき治した、傷があったこともわからなくなった腕を撫で、目を伏せる。
「……だからね、回復魔法も、同じ」
愛しげにも見える手つきで、ティナの手が腕を撫でる。魔法を使われているわけでもないのに、
その手から癒しの波動が出ている気がして――そのぬくもりに、ロックの胸があたたかくなった。
「治って、って。
早く治ってほしいって、念じるだけ。
想えば想うだけ、傷が治っていくの」
蒼い瞳が、ロックを見上げた。慈愛に満ちた、澄んだ瞳に惹き込まれ、ロックは思わず
息を飲み――
腕を撫でる優しい感触に我に返り、ごまかすように笑みを浮かべた。勝手に頬が赤くなる。
「……そか、そっか……
じゃあ回復魔法が得意って事はさ、その人がそれだけ優しいってことだよな」
「えっ?」
相槌のつもりで言ったのだったが、ティナにとっては予想外の言葉だったらしい。きょとんと
手を止め、蒼い瞳を瞬かせる彼女に、
「――や、だってさ。
気持ちが強ければ強いほど治るんだろ?
つまりそれって、どれだけ相手のことを考えてるかってことだと思ってさ」
「そ……そう、かな?」
「そうだと思う」
戸惑ったように首を傾げるティナだたっが、ロックが重ねて頷くと、得心したように
笑顔を返してきた。その、笑顔に――
「――つまり。
ティナはすっげえ優しい子、ってことだよな」
「……えっ?」
――多分わかっていないだろうと思って言ったのだが、実際わかっていなかったらしい。
ロックの言葉にきょとんと目を瞬かせるティナの頭を撫でてやりながら、ロックは
声を上げて笑った。
君が、持つのは。
優しい、優しい――
癒しの、手。
BY 鬼灯 要様
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